基本は日帰り・ご近所さんへの旅鉄訪問記

確認より発見が目標の日帰り旅鉄薄口日記

ドブ板通りと横須賀線の終着点…横須賀紀行2

こんばんは。今年のGWは10連休。20年ぶりくらいに長期旅行を構想しましたが金銭面で頓挫してしまい、どうしようか悩む私です。


横須賀訪問第2回。
実は田浦にもう一箇所見に行きたいところがあったんですが、距離的にかなり離れていて時間的に難しかったので次回回しにしました。


田浦から横須賀に移動。逗子ー久里浜区間運転列車は4両だったのでした。なのでそこそこ混んでました。

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久里浜方面行きの1番線だけ線路が続いてます。使用してない側線が多いです。


側線の多さが全盛期を感じさせる横須賀で下車。横須賀線はここ横須賀までが複線で、1面2線のホームの1本はここで行き止まりになってます。

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駅を出て、駅舎の写真を撮ろうとしたら止まってたタクシー運ちゃんが、「そこで写真撮るな」って言ってきたので横の方から撮影。平家ながら洋風のいい感じの駅舎なのに。

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駅前ロータリーはバスターミナルになっており何台ものバスが。京急の汐入じゃなくてバスはJR駅発着なんだ、しらなかった。
そこなんです、今回の訪問の動機は。以前、頻繁に横須賀に用事で出かけた時、全部汐入が最寄駅だったんです。

そして、横須賀中央に用事で言った時には今みたいになる前で、そんなに賑やかでなかったんです。また、地図見たら有名なドブ板通りが汐入にありました。そしてJR横須賀駅もあるし。ただ、役所の庁舎が横須賀中央だったので、軍港関係や商業地が汐入で行政が横須賀中央だと思われたのでした。

なので、その謎を確かめてみようと思って今回は訪れたのです。
三笠とドックのある港も見慣れましたが、ここにくるたびに海岸がキレイになってます。

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公園内にある史跡逸見波止場衛門


いつのまにか横浜の山下公園みたいになってる。

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ここのカフェテラスで食事。楽しみにしてた「海軍カレー」「ネイビーバーガー」が売り切れですと。なんという。

仕方がないのでパスタにしましたが、両方ともドブ板通りの飲食店にあったのでもう少し我慢すればよかったです。
汐入の駅の方に行くと、前回来た時、ドムドムに入ったイオンモール。裏側はすぐに坂。

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裏側の道はすぐに崖に突き当たったので京急線のガードをくぐると右に商店街が。
そこがまさかドブ板通りだったのでした。

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「ドブ板通り」想像してたより観光地化してました。


道がタイルになってて、原宿の人通りを少なくした感じではありませんか。
私の知ってるドブ板通りと違う! ドブ板がないしすっかり「観光地」になってる。

中坊の時にみたドブ板通りの写真は、道の真ん中の水路に蓋があって、それから「ドブ板通り」という愛称になったと聞いていつか行って見たいと思ってたのに。

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店がおしゃれになったのは時代だからいいけど、通りの由来であるドブ板がなくなってる。

 

さすがに横須賀だなあと思ったのは、欧米式のバーがあること。こういう店は知ってるとこだと横田基地のそばでしょうか。日本にはない造りの店ですから。どこの飲食店でも「海軍カレー」と「ネイビーバーガー」がありました。


スカジャンの店はよくTVに出てくるので知ってましたが、さすがに本物はちゃんと刺繍ですから高い。3万もしますから手軽に買えないじゃんって。よく数千円で売ってるのをこっちで見かけますが、あれは絵柄をアップリケのように貼り付けてるわけです。


「トンネルの街横須賀」ってそっち方面でも売り出してますが、その辺を周るとそれだけで1日かかってしまいそうです。

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登ってみたくなる坂道が。


ドブ板通りを抜けて静かな裏通り的な道を歩いていくと、並行してるR16に出て駅の方に向かう道に入ると結構な人通りでした。


昔きた時と大違い。都会じゃないのって。道も商店が続く都内のようでした。土曜日だったせいでしょうか。
やはり「横須賀中央」は「中央」でした。ロータリーに陸橋部が歩行者用通路。見違えるように立派になってました。

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横須賀中央駅を下から。


汐入が中心に思えたのは、イオンモールがあるのと港があるせいか…と。あと、ビルに会社の事務所が入ってるからだったようです。

駅の横が火災で焼失、安浦町に移る前の遊郭だったらしいです。今はビルの間の横丁ですが、そう言われるとそうだなあと思ってしまう路地があったり。

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怪しさいっぱいの薄暗い路地です。


横須賀中央から汐入に戻ってJR横須賀から横須賀線の終点、久里浜へ。横須賀線が軍用鉄道だったことが、横須賀駅を港の入り口に設けられたわけでしょうか。そう考えると、駅の配置が納得できます。

また、横浜から久里浜まで京急は海沿いを通って行くのに対し、横須賀線は大船から鎌倉を回って横須賀からまた内陸を通っているところが興味深いです。

 

終点の久里浜も多くの側線を持つ駅。しかしここは電留線と使用されてます。

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E217系が普通車はオールロングシートE235系に置き換え予定ですと。長時間乗車はグリーンを使うしかなくなるか。

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「私の旅」時代のスタンプが残ってました。使い込んでるだけあって写りはイマイチですが。


ここも広い駅前広場を持つ、終着駅らしい駅ですが駅の横には看板建築の店が並んでいるのみ。

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そのすぐ後ろが京急久里浜駅の駅ビルになってます。
こんなそばにあったんだっていうのが感想。金谷からフェリーでくるとバスは京急久里浜駅につけるんで、どこから行くのかわかりませんでした。


で、問題の「本当の終着点」はホームの先に行くと確かに線路が先に続いてます。地図で見ても駅から飛び出すように線路がある表示があります。果たしてどんなところか、並行して路地があるのでたどって見ました。

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さらに線路は続いてます。

この延長部が久里浜から先への延長計画の遺構ではなく電留線の一つであることは、ミニコミサイト

hamarepo.com

に載っていたので知識として知ってました。深夜停泊だったら構内に線路があるのでこんな引っ込んだところに入れる必要もないのに。

やっぱ不思議です。

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きちんとした踏切が。

住宅地の4種踏切のところに乗務員用の出入り台があり、線路もそこまでは光っていましたがその先は草むした休止線の様相。踏切から先を見るとまだ先まで線路続いていたので行って見ました。

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さらに草むした線路は続いています。

すると、何があるでもない場所で突然柵に囲われた車止めがある終着点が。
「なんでこんなところに」って感じです。

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突然車止めがありレールは終わってます。

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柵に囲まれてるのでよく見えませんが。


今回、記事を書くにあたって写真を見ながら考えてみると、これだけ長い引き上げ線って貨物列車が入っていたのではないかとか、貨物や客車列車の機回しに使っていたのでは思いますが真相はいかに…。

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架線もここで終わってます。夕方っぽい写真が撮れました。


まだ日が短いのでここまで見に行った時点で薄暗くなったので、駅に戻って千葉行きのグリーン車で帰路に。

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ここからのグリーン利用は二人だけでした。
朝早くから活動したので東京駅まで爆睡でした。

 

横須賀行きは違う目的で別の日にまた出かけましたので、その話は別に。

 

今回も読んでいただきありがとうございます。

田浦廃線跡と旧海軍倉庫…横須賀紀行・1

こんばんは。日が長く、暖かくなったので出歩きやすくなりました。連休はどう使うかいろいろ考え中ですが、今回は記事化してなかった横須賀紀行ものを。

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この電車も置き換わるとか。

1回目はかなり有名で色々な人が訪れてる田浦を。

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ここが横須賀の軍港の一つとは知りませんでした。潮入のドッグのある方がメインの港だと思ってましたので。多分、山間の上海の見えない(見れない)港だったせいだと思います。


どっちかと言えば横須賀線田浦駅は「ホームが足りなくて長編成列車はトンネルの中で止まる」で興味深かったので。
それがたまたま横須賀のことを調べた時に、旧海軍の倉庫が残り今も線路が残る貴重な廃線跡。しかし、港湾再整備で改良工事の計画がある。

とあったのでR357の横須賀までの延伸計画が動き出したので、工事が始まる前に行っておかないとと思い出かけたのでした。
先人の人がかなり濃い記事を書いてますので、私はいつもの薄口で。(2019年1月訪問)

 

横須賀線で逗子より先に行くのは20年ぶりくらいでしょうか。トンネルに挟まれた山間の駅が軍事駅だったとは深いです。

横須賀方の七釜トンネルは明治、大正、昭和の3本のトンネルとありましたが、3つを間近で見比べると技術や造形面でなかなか興味深いです。

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ホームからトンネルをのぞけます。

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古い明治、大正のトンネルが今も使われていて、一番構造的に新しい昭和トンネルが廃線になってるのは皮肉です。


電車が行ってお客さんがみんな駅を出ても、一人ホームの端から端まで歩いて観察してる私はかなり変な人に見えたでしょう。
草がぼうぼうに生えていながらも線路をしっかり確認できたのは、訪問した時期のおかげでしょう。

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暖かくなるとおそらく隠れてしまいますから。


改札を出てまずは山側の駅前広場のある出口へ。

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広い駅前広場ですが、あたりには何もありません。

ガランとして店1つない広場の隅に京急バスのバス停が。R16の交差点がそれほどの距離でないところにありましたが、さして見るものもなさそうだなと再び跨線橋を渡って港側の出口へ。

出口の横に空き家のような、半ば廃墟のような家が。

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妙な郷愁を誘う佇まいの空き家っぽい元小料理屋。

道を渡ると「相模運輸倉庫」の看板と図解がありそこには鉄道が残ってました。都内の住居地図みたいです。

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道路の向こうは相模運輸の倉庫群。土曜日なので静まりかえってました。

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平日だと会社が稼働してるのでトラックがバンバン走ってる可能性があるので、休日で交通量のほとんどない土曜日にしてよかったです。

廃線になったといってもほとんどの部分でレールが外されずに残っている貴重な場所です。

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草むした中に転換機とレールが残ってました。

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会社の入り口ギリギリまでレールが残っているのがわかります。

一方、錆びついた倉庫は目の前にすると「実物は半端じゃなくどデカイ」という表現しかありません。

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巨大で重厚な古倉庫です。

 

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旧海軍の倉庫群のあたりは国有地となって財務局が管理する土地になっていました。フェンスが張られ近づけません。


今も現役っぽいのと取り壊し待ちみたいなのがありましたが、これが旧海軍時代から使われていたと思うと、錆びついた巨大な建物に何か重たいものを感じました。

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駐車してる車と見比べると、その大きさがわかると思います。

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なかなか絵になると思いました。

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その倉庫群の前を通る、臨港道路に当たる道の脇に埋まってるレール。

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もう2度と列車は走れず、埋められるか外されるのを待つだけの用途のなくなった2条のレールは「廃線」をリアルに語りかけてきてるような気がします。

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横須賀港湾庁舎前。


「この辺りが廃線跡でレールがここを通っていた」と古い写真を見ながら想像するより、現実感を感じます。

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しかし、この倉庫群は他の戦争遺構と違って攻撃を受けた跡がないのが意外です。軍の倉庫ですから真っ先に攻撃の標的になったはずですから。

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そしてどこよりもレアなのがダイヤモンドクロッシング

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田浦駅からのレールは、枯れてるとはいえ背丈くらいの藪のため侵入不可能。ですがクロスの部分はしっかり見ることができたのでまあいいでしょう。

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さすがに駅方向の線路には入れません。

クロスした線路は港の方へ続いてますが、立ち入り禁止区域なので見える部分だけ。
帰ってからグーグルさんを見ると回り込むように岸壁を通っているようです。

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このダイアモンドクロッシングは保存対象になったようです。

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全然港らしくないのは、海に面して相模倉庫や自衛隊の施設があるので海がまったく見えないからでした。

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この建物も年代を感じます。

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鉄橋は外されていて橋台だけが残ってました。

話を戻してクロスした後もレールは続き、比与宇トンネル手前で切れてます。っていうか、その手前からほとんど埋まってます。

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埋められていてレールが残るのはここまで。かつてはトンネル内が併用軌道になってたとか。


トンネル内にある訳ありの埋められた横穴がいくつもあるのですが、それらは地下壕の荷下ろし横穴だったらしいです。

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 廃線跡はひとしきり見たので、そのままトンネルを抜けました。出た先にはベイスターズの練習グラウンドがあり出待ち(?)の人が十数人くらい。道路からはグラウンドの中は見えませんでした。

ついでに海の見える場所へ行くとこも。そのまま歩いて行くと横須賀線の踏切がありR16との交差点に出ました。
このあたりのR16は4車線化するときトンネルを別線で建設したとこなので、内外回りが離れています。


煉瓦積みの古そうな内回り線の歩道を歩きましたが、バイクではあっという間の数百メートルのトンネルも歩くと長い。
そのうちの一つのトンネルがレンガ積みの上に、さらに小さな穴があるところがあったので好奇心で見に行きました。

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もともとレンガの壁だったところを割って穴を掘ったように見えました。

てっきり道路を作る前の人道トンネルかと思いましたがそうではなく、中は埋められていていろんなものが入れられてました。
何に使われた穴なのでしょうか?

 


田浦まで戻っても何もないのでここまできたら、山中の「手軽に行ける廃村」だった田浦ニュータウンが入り口で封鎖されたというのでどんなもんか見に行くかと山側へ。

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意外なことにこの道路沿いには新旧の家が道に沿って多くあったのは意外。

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軍人さんが出てきそうなモダンレトロな家も。

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懐かしさや田舎のなんでも屋を感じる食料品店。

意外と家が多いなあと歩いて行くと、ニュータウンの入り口どころか横須賀線の踏切のところで完全封鎖されてるじゃありませんか。何のためにここまできたんだー。っていうか。車が通るのも困難なアプローチ道路の住宅街って間違ってないかという印象。よく人が住んでたよなあ…な場所なんですが。

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変電所側は変電所まで行く前で封鎖されてました。

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家屋解体のためとありますが確かにそうするんだろうけど、都市部に近い廃墟のようなところはえてして所有者不明や責任者不明で放棄されたもの。その上行きやすいから不法侵入や不法投棄で近隣住民を困り、大概行政が出てきて封鎖されるんですよね。

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これがアプローチ道路なのかと思うほたるの里側も封鎖。

まあ、こんなもんでしょうと横須賀に移動するために駅まで戻りました。

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途中には海軍病院が前身の自衛隊病院もあります。休診なのでは入れませんが、完全に近代的な病院で清瀬病院のように歴史の遺構は見当たりませんでした。

しかし、そばの海上自衛隊・第二術科学校は川を堀のようにした重厚な外壁と、正門以外の出入り口はバラ線の鉄条網バリケードで固められ「入れるものなら入ってみろ」的なところに自衛隊を感じました。


田浦から区間運転の4両編成の電車で横須賀へ移動。
次のミッションは、JR横須賀と京急汐入と横須賀中央の位置関係の謎を歩いてみようと思ってたのです。

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横須賀まで複線の横須賀線


続きます☆

 


盛り込みすぎて長くなりましたが、読んでいただきありがとうございます。

華やかな青山・表参道の隠れたエアポケット

こんばんは。今回も町ものです。趣味性が濃すぎて素材がたまりまくってるので、さらに濃度を高めて随時記事化していきたいと思います。 

 

今回は流行の最先端でいつ行っても人がいっぱいの、青山・表参道を空き時間で散歩した時に見つけた路地裏の部分を書きたいと思います。

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ランドマーク的な表参道ヒルズ同潤会アパートの頃は風情があってよかったんですが。

 

金曜日の夜は表参道にLiveを観に行きました。
「チケットは当日会場で引き換え」だったため仕事が終わっても家に帰るには時間的に
無理があり早すぎましたが会場へ直行。

チケットをゲットしましたが、開場時間まで2時間以上ありました。


どこかで時間を潰さないと。


表参道へ明るい時に滅多にこないから町内一周してみることに。

 

まさか駅から10分以内のところに、ワンダーランドがあるとは思いませんでした。

 

原宿との中間にある暗渠化されてる旧渋谷川の道を歩きました。表参道がV字になっていて一番低いところにあることで、川だというのがわかります。また、他の道が区画整理されてまっすぐなのに対してクネクネ曲がっているのでわかると思います。

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交差点にはモニュメントにようになっています。
暗渠の道ですがそこはがさすが表参道。おしゃれなお店が並ぶ「生きている清里」でした(笑)

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道なりに歩いて行くと店が途切れ住宅街に。
歩いてる人もぐっと減りました。


まっすぐ行くと新宿御苑の方に行ってしまうので、この辺はどうかなという道を表参道駅方面に。

すると、なんか気になる路地を発見。

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こんな風景にピンとくるようになりました。


入って行ったところ「ここ青山・表参道じゃないの?」の

そう思う昭和的異空間エリアが。
「神宮前」の表記が表参道エリアであることを知らせていました。

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何度も街歩きに出かけてるうちに、異空間を見つける「スキル」が上がったようです。

 

実はもともと古い家屋や建物に興味があったわけではありませんでした。ところが、TVか何かでビルに囲まれた木造家屋の一角という風景を見て「なんてシュールな風景なんだ」と思ったのがきっかけでした。

また「子供の頃、見た風景」もテーマにしてます。

 

話を戻して、その路地は表通りの華やかなイメージとは真逆な「昭和の下町」でした。


「どんな都会でも、こういうエアポケットな場所があるんですよ」と、嬉しくなってしまいます。


しかし、このあたりも開発の波がすぐそばまで押し寄せていました。

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あちこち建物が潰されて空き地や更地になってます。

さすがに戦前製じゃないかという古民家はありませんでしたが、狭い道と古いモルタル家屋が並ぶ路地は、表通りのイメージとあまりにかけ離れているのでエキサイティングです。

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住宅街は現代ですが心なしか空き家が多いです。中にはこんなに荒れ放題の家も。


さらに進むとさらに大物が。


まるで廃墟のような古い団地があるではありませんか。

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広いところに出たので何かと思ったら生活感のない団地が。この存在は知りませんでした。

 

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自転車置き場や人がいない棟は封鎖されてるので荒れ放題。


廃墟かと思いましたが、ところどころに生活感が。

立ち退いてない住人がいるようです。
なるほど、だから封鎖されてなかったのかと。


この廃墟のような団地、グーグルさんを拡大しないと出ない「都営青山アパート」で結構大規模な都営住宅です。

中野の駅近くにある廃墟のような古い団地と同じ頃に作られたのではと思います。
位置的に表参道駅から5分くらいのところでしょう。

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知らないで行った方が見つけた時の感激があるのかもと言って見たり。

 

「何が青山の住人は生活レベルが高いだと、こんな廃墟みたいな団地があるじゃん」と突っ込みたくなります(笑)


人が住んでいるところでは敷地内に入ると不法侵入になってしまうので、中を通る公道から外観だけ写真に。

ここも「廃」な人には有名なスポットらしいです。
すでに取り壊しは始まって、半分はなくなってるらしいのですが、

立ち退かない人がいるので残ってるようです。
ここも青山通りなどを歩いていたのでは

見つからないエアポケットでしょう。


そのまま抜けて青山通りに出るとすぐに表参道の駅に出ました。

 

近くの、好きなのにめっきり店舗を見かけなくなったサンドウィッチの「SUBWAY」で休憩。

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ここの野菜たっぷりサンドは美味しいのになんでマイナーファーストフード店になったんだろ。

 

思わぬ発見の散歩がLIVE前のボーナストラックとなりました。

 

 

こういう街歩きものも随時載せたいと思います。地形とか専門的なことはあんまり詳しくないので見たまま、感じたままを書いていきたいと思います。

 

 

今回も読んでいただきありがとうございます。

隠れた水の都・日野、豊田

こんばんは。以前の旅の記録をコピーしようとしても、アプリに互換性がないので手書きでやってた時と最近以外は実物の切符を見ないとわからなくて困っています。

 


前回の続きです。廃線跡巡りの後は水辺散歩。

 

南多摩から立川まで南武線で移動。今回は地形が関係するので地形図アプリと参考書「東京スリバチ地形散歩」を使ってウロウロします。


特に府中。南武線は右に曲がって武蔵野南線多摩川を渡ります。
そして着いた府中本町と立川の間が、路線図でなぜかぐにゃぐにゃ曲がっています。

実は府中本町ー立川は府中崖線のヘリを走っているのです。そのためカーブの多い線形になってしまったようです。
立川から再び多摩川を渡って豊田の北口でおりました。

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豊田といえば電車基地のあるところ以外知らなかったのですが、浅川の段丘で湧き水の多いところなのです。


ゆっくり昼飯を食べていざ出発。湧き水は駅の近くから始まっています。
日野方向に下り坂をおり、崖に向かうと水道局の施設がありいい感じの池が。

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水はきれいに透き通っており、池への湧き水のほか地下からの水も水道に使っているのか。厳重な柵がしてありました。

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ここから先は自然保護区の「黒川清流公園」になってます。

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池から溢れた水が水路に流れる音が心地いいです。なんとここ。崖側は湧水のある緑地公園ですが、道を隔てた反対側は住宅街なのです。

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水路に沿った道を歩いていくと、所々に崖側からの流れが合流してきます。水量は割と多そうです。

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この時訪れたのは11月でしたが、夏は涼しそうだなあと思います。けど、むしや蚊が多いので水辺散歩は秋から春先にするようにしています。

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この辺りは国分寺の「お鷹の道」ほど観光化されてないところなので、近所の人のいい散歩道になってます。
水量的には多い部類だと思います。


2番目の池は大きくて、ここもそこがはっきり見えるほど水が透き通っています。

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自然の流れのようになってるとこや、途中で別れて湿地になってるとこなど、自然を生かすように作られています。
歩いてて飽きません。


そして長い大池を過ぎるとひょうたん池。
この池で流れが地下へ落ちていって水路と公園が終わりです。

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ちょうど位置的に日野ー豊田の中間くらい。電車は築堤の上なので全然気づかなかったです。
しかし場所が駅間の長い日野との中間なので豊田駅までが少し遠いです。

中央線に沿って道があるのでわかりやすいですが。反対側の下ったところにも湧水公園がありますが、今回は日野の水車小屋が見たかったのでそちらは次回の訪問に。

日が短いので16時半には帰路に着かなければ真っ暗なので。


駅から1駅戻って日野へ。駅舎が素晴らしいと評判ですが、中は普通なんですね。

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こはちょうど谷底のようなところで、ホームは高架。駅舎の下には水路があって結構な量の水が流れていました。

この地形がわかったおかげでホームが高架になってることや、中央自動車道が高い陸橋になってるわけがわかりました。
水車のある水車堀公園へ向かう都道沿いにはずっと水路が続いており、市街地を出たもう一本の道沿いにも同じように水路がありました。

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他にも低地にはあちこち用水路が流れていて、ここ日野も「水の都」と言えるでしょう。

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途中の公園には昔ながらの素掘りの用水路が再現されてて、一応「田んぼです」という風景が東京であることを忘れさせてくれます。水を均等に分ける仕掛けも再現されていました。

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水が均等に別れて流れていくようによくできてます。

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本当にここは東京の住宅地? と思ってしまいます。


その公園から5分くらい歩いたところに目指す水車堀公園がありました。

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奥に水車が見えます。これ、これが見たかったんだよと行って見ると回ってません。

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そりゃないよとよくよく見ると。
「調整中なので回りません」の表示が。

こ…ここまできた苦労が…。


どっと疲れてしまって、近くの自販機で飲み物を飲んでベンチでぐったり。
なんか歩いて駅まで戻る気がなくなってしまったので近くのバス停から「バス代行」で駅に戻りました。

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バスに乗ると駅まですぐでした。

 すっかり暗くなってしまいましたが、そこは中野が最寄駅の便利さ。電車で一本。距離の割に時間がかからず帰れました。
いつになるかわからないけど。次は歩いてない反対側を攻めて見たいと思います。

 

いつもと違う途中下車しての水辺ものでしたがいかがだったでしょうか。


今回も読んでいただきありがとうございます。

東京都水道局境浄水場専用線跡

こんばんは。前回、去年の11月に歩いた武蔵野競技場線跡を書きましたが、地図を見ると近くにもう一ヶ所に意味ありげな曲線の公園がありました。気になるので調べてみると境浄水場への引込み線跡というではありませんか。

これは行ってみるしかない。
というわけで、豊田の水車小屋を見に行く途中に寄り道しました。

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ここも末端部分が工事中でよくわからなかったので、改めて後日その部分は見に行きました。


高架になった武蔵境駅に降りるのも初めて。西武多摩川線がどうなってるかも見たかったし。


すごく近代的でキレイになった駅から、高架に沿った側道を三鷹方面に歩いて行きました。

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すると、住宅地の縁にひっそりと目立たないカーブの路地が分かれています。

交差点になっておらず、歩道を乗り越えて別れてるのでわからず行きすぎてしまいました。
この路地こそ境浄水場への専用線跡でした。

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矢印の道。交差点になっておらず、一見住宅への私道に見えます。


この路線、境浄水場建設時の資材輸送を目的に敷かれ、その後は濾過用の砂利を運搬するために使われていたようです。
境界杭がところどころに残ってました。

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ほとんど路地の道を歩いて行くと、柵が見え「行き止まり?」と思いましたが小さな橋で水路を渡るようになってました。

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コンクリート3面ばりの水路は「仙川」っぽいです。水が流れてなく枯れてました。
橋台の跡は見当たりませんでした。


橋を渡ると並木が続く緑道公園「本村公園」です。土盛りがしてある部分か暗渠のような道になってるところに線路があったかははっきりしませんでした。

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あとで盛ったのか築堤なのかはよくわかりません。道は低い方へ続いていました。

ゆるいRのカーブが鉄道跡と思えばそう思えます。やがて公園と合流して緑道になったので道なりに進みました。
時間のせいもあったと思いますが、歩いてる人は少なかったです。

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盛り土の公園に合流します。


途中の交差点では、都道の歩道になってる武蔵野競技場線跡のグリーンパーク遊歩道が。実は近くを通っているのです。

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交差点の先に続く並木が武蔵野競技場線跡のグリーンパーク遊歩道です。


こちらも林のような並木が続くよく整備された緑道なので、散歩気分で歩けました。

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やがて玉川上水に突き当たって終わりになりました。
11月の時は護岸工事をしていて土盛りがされていて深く、橋台跡などは見えなかったです。

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最初に訪れた工事してたとき。土盛りがしてあり見えませんでした。

しかし、ここだけ再訪した時にはキレイになっており橋台跡を見ることができました。

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後日再訪した時にははっきりと橋台跡を見ることができました。


浄水場の裏門っぽいところが道路に対して不自然な鋭角になっているので、ここが浄水場への出入り口だと思われました。

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浄水場敷地内は跡形もなく整地されていました。


一応末端まで見れたので、まっすぐ駅に向かう道で駅に戻りミッションその1が終わり。


せっかくなので西武多摩川線に乗ることにしました。
高架化前は下りホームの3番線(?)で中間改札がなく乗り換えられましたが、今はホームが別になり乗り換えは一度改札を出なければならなくなっていたのですね。

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西武とJRが別々の入り口になってました。


約25年ぶりだったので、初乗りのように新鮮でした。
終点の是政まで乗り、4車線の立派な道になっていた府中街道多摩川を渡って南武線南多摩へ。

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高架化されていて立派な駅舎に変わっていました。
東横インができてたり、開発工事をしているのでこれから進化するのでしょう。

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水辺散歩と水車小屋を見に、立川経由で豊田へ向かいました。

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今回も読んでいただきありがとうございます。