基本は日帰り・ご近所さんへの旅鉄訪問記

確認より発見が目標の日帰り旅鉄薄口日記

懐かし列車シリーズ・MOTOトレイン

こんにちは。せっかくの連休だってのに極寒で旅行もできず。
近所のローカルな話ばかりなので、合間に昔乗車した本に載らない懐かし列車でも書こうと思います。

季節外れですが、夏が来れば思い出すのが、上諏訪夜行とMOTOトレインです。
それなんぞや、というか知ってる人は昭和世代です。


まだ北海道新幹線がない頃、空前の北海道旅行ブームがありました。
夏休みとなれば、観光地に向かうローカル線はラッシュ並み。北斗星はプラチナチケット。人気の宿は6月くらいに抑えないと予約が取れなかったという。

北海道をバイクで走りたいから二輪の免許を取ったって人多数。
しかし、バイクの場合フェリーなんですが船のバイクの固定数が決まってる関係上、これまたプラチナチケットだったんですね。

なので、「チケットを取れた日が出発日」なのでした。
そんな時代に、九州に向かう今はなき浜松町の貨物線から貨車に車を乗せて、お客はA寝台車でゆっくり列車の旅という「かートレイン」の応用で荷物車にバイクを乗せて、ライダーは寝台車という「MOTOトレイン」が誕生したのでした。

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しかし、バイクを荷物車といえ列車に乗せるノウハウは国鉄にはありませんでした。
そこで、フェリーの固定方法の応用のためにフェリー会社にノウハウを習ったらしいです。


思い出してみれば、このころの国鉄って妙な企画列車を色々走らせていましたよね。
かートレインやMOTOトレインとも実験的な期間限定なのに、専用の車両まで用意したんですから。

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フェリーより天候に左右されず、北海道までの時間がかからないのがウリでした。
弱点は北海道の入り口が函館で午後になってしまうという点でしょうか。

所要時間の短さは大きな魅力だったようで、登場と同時にプラチナチッケットという大人気。
私はブルートレインとツーリングと2種類の旅を楽しめてお得だ。と、渡道の際は根性でチケを手に入れてました。

ちなみにチケ代は当時の価格で2万円でした。
フェリーより早い分割高だそうです。

 

このMOTOトレインですが、単独の列車ではなく、上野ー青森間は急行「八甲田」に併結。青森ー函館間は快速「海峡」に併結されてました。車両は寝台車が14系3段、荷物車は専用塗装(ここまでよくやったなあ)のマニ50。

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乗車するにはちょい面倒で、消防法の関係でガソリンは駅から近くのスタンドまでの分くらいしかタンクに入れておけないのでした。(航空機の同様のサービスではオイルまで全部抜くって聞いたけどどうなんでしょ)
なので、数日前から計算して走らなければならなかったのが面倒でした。

当日は積み込みに時間がかかるので、2時間くらい前に上野駅の所定の場所に集合。チェックを受けて、普段使わない通路の昔の13番線待合室の横を押してホームに。

一般のお客さんの注目の的でした。
係員の人と一緒に所定の場所に乗せて止めると、あとはやってくれるので一番前の寝台車へ。

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2段になれているので3段寝台は狭かったですが、同じライダー同士。ブロックが同じ人とおしゃべりをしてる間に発車。
青函トンネルを通って旧江差線(道南いさびり鉄道)で津軽海峡を眺めていると、函館山がどんどん近づいてきてやがて函館。


荷物車からバイクを受け取ったら北海道ツーリングの始まりでした。
列車で仲良くなった人と、駅近くで昼飯を食べて「いい旅を」とピースサインでそれぞれ分かれていったものです。


連日行きも帰りも満員だったので、夏の列車として定着すると思われましたが、急行八甲田が廃止されると一緒に廃止されてしまいました。もったいない。


荷物車かコンテナを使って、寝台車だけ旅客会社から譲ってもらえば、隅田川ー札幌ターミナルあたりの列車にぶら下げて走らせられそうだから、JR貨物あたりが作ってくれないかなと思います。

 


たまにこういうノスタルジーものも書きたいと思います。
今回も読んでいただきありがとうございます。