基本は日帰り・ご近所さんへの旅鉄訪問記

確認より発見が目標の日帰り旅鉄薄口日記

田浦廃線跡と旧海軍倉庫…横須賀紀行・1

こんばんは。日が長く、暖かくなったので出歩きやすくなりました。連休はどう使うかいろいろ考え中ですが、今回は記事化してなかった横須賀紀行ものを。

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この電車も置き換わるとか。

1回目はかなり有名で色々な人が訪れてる田浦を。

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ここが横須賀の軍港の一つとは知りませんでした。潮入のドッグのある方がメインの港だと思ってましたので。多分、山間の上海の見えない(見れない)港だったせいだと思います。


どっちかと言えば横須賀線田浦駅は「ホームが足りなくて長編成列車はトンネルの中で止まる」で興味深かったので。
それがたまたま横須賀のことを調べた時に、旧海軍の倉庫が残り今も線路が残る貴重な廃線跡。しかし、港湾再整備で改良工事の計画がある。

とあったのでR357の横須賀までの延伸計画が動き出したので、工事が始まる前に行っておかないとと思い出かけたのでした。
先人の人がかなり濃い記事を書いてますので、私はいつもの薄口で。(2019年1月訪問)

 

横須賀線で逗子より先に行くのは20年ぶりくらいでしょうか。トンネルに挟まれた山間の駅が軍事駅だったとは深いです。

横須賀方の七釜トンネルは明治、大正、昭和の3本のトンネルとありましたが、3つを間近で見比べると技術や造形面でなかなか興味深いです。

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ホームからトンネルをのぞけます。

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古い明治、大正のトンネルが今も使われていて、一番構造的に新しい昭和トンネルが廃線になってるのは皮肉です。


電車が行ってお客さんがみんな駅を出ても、一人ホームの端から端まで歩いて観察してる私はかなり変な人に見えたでしょう。
草がぼうぼうに生えていながらも線路をしっかり確認できたのは、訪問した時期のおかげでしょう。

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暖かくなるとおそらく隠れてしまいますから。


改札を出てまずは山側の駅前広場のある出口へ。

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広い駅前広場ですが、あたりには何もありません。

ガランとして店1つない広場の隅に京急バスのバス停が。R16の交差点がそれほどの距離でないところにありましたが、さして見るものもなさそうだなと再び跨線橋を渡って港側の出口へ。

出口の横に空き家のような、半ば廃墟のような家が。

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妙な郷愁を誘う佇まいの空き家っぽい元小料理屋。

道を渡ると「相模運輸倉庫」の看板と図解がありそこには鉄道が残ってました。都内の住居地図みたいです。

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道路の向こうは相模運輸の倉庫群。土曜日なので静まりかえってました。

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平日だと会社が稼働してるのでトラックがバンバン走ってる可能性があるので、休日で交通量のほとんどない土曜日にしてよかったです。

廃線になったといってもほとんどの部分でレールが外されずに残っている貴重な場所です。

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草むした中に転換機とレールが残ってました。

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会社の入り口ギリギリまでレールが残っているのがわかります。

一方、錆びついた倉庫は目の前にすると「実物は半端じゃなくどデカイ」という表現しかありません。

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巨大で重厚な古倉庫です。

 

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旧海軍の倉庫群のあたりは国有地となって財務局が管理する土地になっていました。フェンスが張られ近づけません。


今も現役っぽいのと取り壊し待ちみたいなのがありましたが、これが旧海軍時代から使われていたと思うと、錆びついた巨大な建物に何か重たいものを感じました。

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駐車してる車と見比べると、その大きさがわかると思います。

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なかなか絵になると思いました。

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その倉庫群の前を通る、臨港道路に当たる道の脇に埋まってるレール。

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もう2度と列車は走れず、埋められるか外されるのを待つだけの用途のなくなった2条のレールは「廃線」をリアルに語りかけてきてるような気がします。

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横須賀港湾庁舎前。


「この辺りが廃線跡でレールがここを通っていた」と古い写真を見ながら想像するより、現実感を感じます。

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しかし、この倉庫群は他の戦争遺構と違って攻撃を受けた跡がないのが意外です。軍の倉庫ですから真っ先に攻撃の標的になったはずですから。

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そしてどこよりもレアなのがダイヤモンドクロッシング

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田浦駅からのレールは、枯れてるとはいえ背丈くらいの藪のため侵入不可能。ですがクロスの部分はしっかり見ることができたのでまあいいでしょう。

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さすがに駅方向の線路には入れません。

クロスした線路は港の方へ続いてますが、立ち入り禁止区域なので見える部分だけ。
帰ってからグーグルさんを見ると回り込むように岸壁を通っているようです。

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このダイアモンドクロッシングは保存対象になったようです。

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全然港らしくないのは、海に面して相模倉庫や自衛隊の施設があるので海がまったく見えないからでした。

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この建物も年代を感じます。

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鉄橋は外されていて橋台だけが残ってました。

話を戻してクロスした後もレールは続き、比与宇トンネル手前で切れてます。っていうか、その手前からほとんど埋まってます。

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埋められていてレールが残るのはここまで。かつてはトンネル内が併用軌道になってたとか。


トンネル内にある訳ありの埋められた横穴がいくつもあるのですが、それらは地下壕の荷下ろし横穴だったらしいです。

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 廃線跡はひとしきり見たので、そのままトンネルを抜けました。出た先にはベイスターズの練習グラウンドがあり出待ち(?)の人が十数人くらい。道路からはグラウンドの中は見えませんでした。

ついでに海の見える場所へ行くとこも。そのまま歩いて行くと横須賀線の踏切がありR16との交差点に出ました。
このあたりのR16は4車線化するときトンネルを別線で建設したとこなので、内外回りが離れています。


煉瓦積みの古そうな内回り線の歩道を歩きましたが、バイクではあっという間の数百メートルのトンネルも歩くと長い。
そのうちの一つのトンネルがレンガ積みの上に、さらに小さな穴があるところがあったので好奇心で見に行きました。

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もともとレンガの壁だったところを割って穴を掘ったように見えました。

てっきり道路を作る前の人道トンネルかと思いましたがそうではなく、中は埋められていていろんなものが入れられてました。
何に使われた穴なのでしょうか?

 


田浦まで戻っても何もないのでここまできたら、山中の「手軽に行ける廃村」だった田浦ニュータウンが入り口で封鎖されたというのでどんなもんか見に行くかと山側へ。

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意外なことにこの道路沿いには新旧の家が道に沿って多くあったのは意外。

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軍人さんが出てきそうなモダンレトロな家も。

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懐かしさや田舎のなんでも屋を感じる食料品店。

意外と家が多いなあと歩いて行くと、ニュータウンの入り口どころか横須賀線の踏切のところで完全封鎖されてるじゃありませんか。何のためにここまできたんだー。っていうか。車が通るのも困難なアプローチ道路の住宅街って間違ってないかという印象。よく人が住んでたよなあ…な場所なんですが。

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変電所側は変電所まで行く前で封鎖されてました。

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家屋解体のためとありますが確かにそうするんだろうけど、都市部に近い廃墟のようなところはえてして所有者不明や責任者不明で放棄されたもの。その上行きやすいから不法侵入や不法投棄で近隣住民を困り、大概行政が出てきて封鎖されるんですよね。

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これがアプローチ道路なのかと思うほたるの里側も封鎖。

まあ、こんなもんでしょうと横須賀に移動するために駅まで戻りました。

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途中には海軍病院が前身の自衛隊病院もあります。休診なのでは入れませんが、完全に近代的な病院で清瀬病院のように歴史の遺構は見当たりませんでした。

しかし、そばの海上自衛隊・第二術科学校は川を堀のようにした重厚な外壁と、正門以外の出入り口はバラ線の鉄条網バリケードで固められ「入れるものなら入ってみろ」的なところに自衛隊を感じました。


田浦から区間運転の4両編成の電車で横須賀へ移動。
次のミッションは、JR横須賀と京急汐入と横須賀中央の位置関係の謎を歩いてみようと思ってたのです。

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横須賀まで複線の横須賀線


続きます☆

 


盛り込みすぎて長くなりましたが、読んでいただきありがとうございます。