基本は日帰り・ご近所さんへの旅鉄訪問記

確認より発見が目標の旅鉄と気まぐれ街歩き薄口日記の2本立てですよ〜

1986年夏休み北海道「国鉄」乗り歩きの旅・2「急行八甲田号・前編」

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列車は違いますが、当時の上野駅の表示幕はこうでした。

 

こんばんは。18歳夏休みの北海道旅行、久々の更新です


本当は短い感覚でサクサク更新して集中連載っぽくしたかったのですが、マシンを買い替えたらトラブルの連続で満足に作業ができない日々。あらゆることが大幅位遅延してしまっています。


いよいよ青森を目指して夜行急行列車での一晩です。
なぜか、結構長かったので2回に分けてのブログになります。


上野駅13番線にMOTOトレインの荷物差を前にして、水深運転で入線。
前を通る車両たちを見てるといよいよかとワクワクする。と、スハフ14がゆっくり泊まりそうなスピードで通る。

編成が変わっているんでまずいなあと思ったが、次の号車の乗車口のところに止まった。
早めに並んでたおかげで、すぐに席を取れた。並んでた人で座席は埋まって、後から来た人は相席になってるよう。

1986年7月28日103列車、急行八甲田、MOTOトレイン


青森方面
増9号車オハネ14 3段寝台△
 9号車スハフ14
8号車オハ14
 7号車オハフ15−46(乗車車両)
 6号車スハフ14
 5号車オハ14
 4号車オハ14
 3号車オハ14
 2号車オハ14 指定
 1号車スハフ14 指定
    マニ50△
    マニ50△
    マニ50
上野方面
△はMOTOトレイン


時間もあるのでMOTOトレインを見に行く。マニ50にお化粧をしてMOTOトレインと書いてある車両の中を覗いて未tると、中ではバイクの積み込み中だった。

荷物車のマニ50の方はまだ何も積み込んで無かったが、これにもバイクを止める金具が付いていた。


少しホームをぶらぶらして車内へ戻ると、座席は全部埋まり、席のない人が探し回っるので混んでいるという感じだった。
席で音楽を聴いてると、隣に人がきた。話では高2でこっち(東京)へバイクの合宿免許へ行き青森へ帰るとか。

行くも八甲田だったけど、まだ学校が休み前なのかガラガラだったという。

しばらく色々な話をした。ヘルメットを持って他のでMOTOトレインのお客と間違えられたりしたとか。
僕が北海道旅行へ行くと言ったら「イイですねえ」と盛んに言っていた。

21:14、ついにほぼ満員で上野を出発。いよいよ青森、そして北海道へ出発。
すぐに車内放送「本日は青森ゆき急行八甲田号をご利用いただきありがとうございます.....と放送が。

出発の列車のこの放送はいよいよだとワクワクする。


隣の人と話をしたり音楽を聴いてると、大宮、小山と過ぎていく。だんだん腰が痛くなってくる。この座席で11時間ははっきり言ってきついなあと感じる。それに冷房がちょっと強力すぎるんではないかと思う。

車内に入ってしばらくはイイがだんだん肌寒さを感じるようになってくる。
宇都宮22:52到着。8分止まる。腰が痛いんで外に出て散歩をする。売店などはやっぱりしまっていた。


ついでにMOTOトレインの寝台車を見に行く。先頭車なのにスハネフではなくオハネだった。中はバイクウェアを着た人でいっぱい。外にジュースを買いに出てる人も結構いた。

少しぶらぶらして車内に戻るとやっぱり酢推し寒いんではないかと思うくらい冷え過ぎている。発車して少ししたら持ってきた薄いジャンパーを着る。周りもそうしている、少しなんとかならないものか、この冷え過ぎは。

黒磯で機関車交換のため9分止まる。見に行きたかったけど、隣の人が寝入ってるし、通路まで混んでいるので断念。窓から反対側のホームにED75家人の貨物列車が止まっていた。ED75が解放されてEF65が繋がる時、こちらは発車してしまった。


そろそろ0時過ぎなので寝ようとするけれど、この14系のシートは「簡易リクライニングシート」というストッパーがついてないタイプなので、体の向きを変えるとバタンと倒したのが戻ってしまう。

少しネイルと力が抜けてシートがバタンと戻ってしまう。困ったもんだ。
まあ、4人がけのボックスシートに4人座って全く動けなくなるよりマシだけど。


白河に0:20に到着。日付は変わって7月29日になっていた。


「八甲田号」の全半武分というか序盤。日付は変わって2日目。
今回はここまでです。昔は木録好きだったなあ、というより長い編成でも記録する時間があるほど時間があったんですよ。

次回は長い夜と、これまた長い2日目です。


今回も読んでいただきありがとうございます。