旧東京都港湾局専用線晴海橋梁をたどる
こんばんは。久々に発掘ものが揃ったので紹介します。
最近にわかに遊歩道化の話が出てる
「旧東京都港湾局専用線晴海橋梁」。
この写真撮りにいったのも、今くらいの時期だったっけ。
年月がわかりませんが、晴海埠頭が更地になるまえです。
フィルム写真をキレイにScanできれば、
補正はほとんどいらないというか、
手をいれると不自然になるんですね。
その話はともかく、まだ豊洲埠頭が再開発工事中。
このとき更地にしてしまったので、豊洲埠頭の
部分は廃線跡が消滅してしまって、手がかりは
プロムナードのレールのモニュメントだけ。
実は、レールセンターのある小名木川貨物駅から
何度かにわけてたどってみたことがあります。
貨物駅の真ん中から使われてないレールが伸びていて、
首都高9号線と交差してます。
その手前からレールはありませんが、
管理してる東京都の部署が違うためか、
駐車場などにされた帯のような土地がマンションの谷間のように
続いていました。
そして豊洲運河を渡りますが、橋梁は撤去されていて
橋脚だけが運河を通る船のための目印となっていました。
その先は豊洲埠頭が再開発のために更地に
なったため、分岐があったはずですがそれらはまったく
わからなくなってしまいました。
再開発されたあとはマンションが立ち並ぶ豊洲埠頭を出ると晴海橋梁。
遊歩道化の話は出ては消え。
橋梁がどのくらい傷んでるか調べないと
使えるかわからないって話でしたが。
まだ東京オリンピックの話などなく、
晴海埠頭の再開発の話だけだった時代。
見本市の跡がそのまま空き地になってました。
晴海線はかろうじてレールが残ってて、
小野田セメントが残ってた頃、踏切跡が。
その先のヤードの跡がかろうじて。
聞いた話だとフェリーターミナルのとこに
埋まったレールがあったとか。
オリンピックが決まって選手村を作るために
埠頭を埋め立てて拡大して、一帯を更地に
してしまったので、橋梁以外の痕跡が消滅しました。
あの狭い橋梁を遊歩道にどうやってするんだろ。
建築技術的に貴重な橋梁だから、
改築はしてほしくないと思うんですが。
また、未成線として明治通りの横に
帯状の草地が夢の島へ渡る手前まで残っています。
今回は時間軸がバラバラになってしまいましたが、
廃線跡をつなぐためにそういう構成にしました。
今回も読んでいただきありがとうございます。