基本は日帰り・ご近所さんへの旅鉄訪問記

確認より発見が目標の日帰り旅鉄薄口日記

国道16号消失点への旅・富津編

こんばんは。自主出張なんてやったので結局出かける前のUPができず、1週間開いてしまいました。
国道16号線、前回、横須賀へ行ったので今回は富津です。謎の多さはこっち方があるんですよ。

f:id:MIKIMOTO7:20190715195958j:plain

しかし、富津は遠い。木更津の自衛隊専用線跡を書きましたが、本当は廃線物を書くために行ったのではなく、富津岬が目標だったんです。木更津遠い。っていうか内房方面全体的にJR不便すぎです。

もしかして木更津方面って、川崎からバスで東京湾を渡った方が早い?


その話題ではなくR16。千葉市をバイパスでパスした後、R357と合流して臨海工業地帯を通過し、君津へ向かいます。
ここからが謎なのです。少し古い地図だと、そのまま海岸に近いバイパスがR16だったのですが、いつのまにか内陸を通る旧道の方が指定されています。


道路の性質を考えれば、工業地帯の広いバイパスが指定されるはずなのにです。
そのバイパスは内陸に進路をとり富津市でぶつかるのですが、その進路も謎ですが、木更津から乗ったバスが、のどかな田舎道を走ってたのでどの道を走って富津まで来たのかわかりません。

f:id:MIKIMOTO7:20190715195858j:plain

富津側の消滅の仕方は、観音崎よりも唐突です。

f:id:MIKIMOTO7:20190715195827j:plain

近くのバス停で降りて少し歩くと..。

 

f:id:MIKIMOTO7:20190715195836j:plain

交差点のすぐそばの標識には建設省とあるんですが。


愛宕神社のあたりでバスを降りてR16を歩いて行くと、「富津」という交差点があります。

f:id:MIKIMOTO7:20190715195840j:plain

R16はそこで消滅しているのです。横須賀側の様な道路境界線標識もなく、まっすぐ進むと県道255号富津公園境界線線に自動的に道はなります。ここは海岸に出る路地があるのですが、その道は国道ではなく港に向かう路地でした。

f:id:MIKIMOTO7:20190715195909j:plain


つまり国道16号線は富津と走水の東京湾を渡る区間は、地図に実線や点線もない存在しない区間ということになります。
存在しないのですから、漁船をチャーターして渡っても完走にはならないということでしょう。


どうも、この表な切れ方には整備新幹線計画並みに「こうなったらいいなあ」という野望が関係してるらしいです。
時はバブル、アクアラインと同時期に計画された「東京湾口道路」計画です。

f:id:MIKIMOTO7:20190715195813j:plain

実際、地上部分として三浦半島部分は「横浜横須賀道路」これはR16のバイパスで海岸線でR16と合流してます。
千葉側は今は県道になっているバイパスに合流する計画の様です。これで国道16号は晴れて関東を循環する道になります。


「こんな道作れるわけないよ」と思ったアクアライが、バブルの追い風で開通されてしまいました。そのままバブルが続けば、東京湾口道路計画も凍結されずに竣工されていたことでしょう。

「こうなったらいいなあ」の図です。

f:id:MIKIMOTO7:20190715195750j:plain


いつか陽の目を見る日がくるでしょうか?
それまではこの不思議なR16消失点が残るのでしょうか。

f:id:MIKIMOTO7:20190715195823j:plain

f:id:MIKIMOTO7:20190715195833j:plain

せっかく富津漁港まできたので魚料理で食事。おいしゅうございました。

f:id:MIKIMOTO7:20190715200026j:plain

富津漁港は近代的て広いいい漁港です。釣りにもよさそう。

f:id:MIKIMOTO7:20190715195935j:plain

f:id:MIKIMOTO7:20190715195939j:plain

バス道路に戻ってここまで来たからには先っぽの富津岬まで見たいところ。ここも戦争遺構が多数あります…しかし、

f:id:MIKIMOTO7:20190715200042j:plain



「護岸工事のため岬の先に行けません」と。道はこれでもかと封鎖してあります。

f:id:MIKIMOTO7:20190715200035j:plain

 


仕方ないので、折り返しのバスで木更津に。ちょうど館山からの「新宿「さざなみ号」で帰路につきました。
今度はしっかり起きてたおかげで両国付近に渡り線があるのと、御茶ノ水の渡り線で快速線に入るのを知りました。

f:id:MIKIMOTO7:20190715200046j:plain

なんだかんだ言ってこの列車、千葉方面に行くには便利。


富津岬…バイクじゃないと行けないよなあ。


今回も呼んでいただきありがとうございます。

国道16号消失点への旅・観音崎編

こんにちは。昨日は予想どおり(?)予報が外れたおかげで東京を飛び出すことができましたが、本日は雨。来週は連休があるけど。ずっと雨の予報。去年は晴天続きだったので清里に探報へ行けたのに。


関東の人にはおなじみ「国道16号線」。起終点は横浜の高島町で、関東の郊外外周をぐるりと周る幹線国道ですが、東京湾を渡れず完走は不可能という走りつぶしマニアにとっては「酷道」です。

f:id:MIKIMOTO7:20190707170719j:plain

地図で見ると、横須賀の観音崎手前と千葉は富津で消えているというこれまた謎の道。
1回目は京急本線のコンプリート後に向かったら、真っ暗になって何があるのかさっぱりわからなくて「その場所へ行った」だけだったので、後日リベンジした時の観音崎の絶景とともに描いてみました。

 

まずは初めて浦賀に行った時。快速特急を始め優等列車三崎口の方へ向かうのでてっきりそっちが本線かと思っていました。東武伊勢崎線のようでした。
そしたら。堀ノ内から各停ばかりが行く浦賀が本線の終点だったとは。

f:id:MIKIMOTO7:20190707171400j:plain

f:id:MIKIMOTO7:20190707171449j:plain

崖にへばりつくようにある駅は「終着駅」って感じです。
港見物はここから海の方へ行けばいいようですが、観音崎には一個前の「馬堀海岸」からバスでした。

f:id:MIKIMOTO7:20190707170935j:plain

バスは横須賀中央からくるので、そちらから乗ってきても良かったです。帰りは乗り換えが面倒なのでそうしました。

f:id:MIKIMOTO7:20190707170800j:plain

住宅地を抜けてR16に出ると、以前来た時見えなかった青い海が気持ちいいです。

4車線区間が終わって2車線で山の中に入って漁村を周り組む区間になると、高度があるぶん絶景です。
「こんな景色のいいところを何も見えない中、よく歩いたな」って感じです。

f:id:MIKIMOTO7:20190707170856j:plain

f:id:MIKIMOTO7:20190707170914j:plain

f:id:MIKIMOTO7:20190707174929j:plain

R16で標識があるのですが...。

f:id:MIKIMOTO7:20190707170733j:plain

展望台のあるところでバスを降り、あとは歩き。「漁村」だなあという景色のあと、京急ホテルへ登る途中の走水交差点が横須賀側の消失点。

f:id:MIKIMOTO7:20190707170718j:plain

道路管理界の標識が立ってます。
立ち入り禁止の海岸方面に伸びる道がR16? って感じです。

f:id:MIKIMOTO7:20190707171940j:plain

f:id:MIKIMOTO7:20190707170849j:plain

いつのまにか県道に。



 ココから県道を1キロくらい歩くと三浦半島の先っぽ「観音崎」。
岬の遊歩道を歩くと場所柄、多数の戦争遺構を見ることができます。

f:id:MIKIMOTO7:20190707171004j:plain

f:id:MIKIMOTO7:20190707170942j:plain

f:id:MIKIMOTO7:20190707170808j:plain

f:id:MIKIMOTO7:20190707170803j:plain

f:id:MIKIMOTO7:20190707170817j:plain

晴天だったこともあり灯台からの眺めは素晴らしかったです。対岸に見えるのが房総です。


一巡りしたあと、横須賀までバスで直行。昼食は「海軍カレーセット」にしました。

f:id:MIKIMOTO7:20190707171012j:plain

f:id:MIKIMOTO7:20190707171020j:plain



次回は、かなり遠くて難産だった千葉側の消失点、富津へ行きました。

 

今回も読んでいただきありがとうございます。

西武鉄道のかわいい癒し系キャラ

こんにちは。ずっと雨が続くようで素材集めに出るかどうか迷うところです。雨なら雨でしょうがないってなるけど、ことごとく予報が外れて傘が必要になるのは帰りの時間だったり。

遠足の予定してるところが、晴れてないと映えない場所なので延期を余儀なくされてます。


去年、ぐでたまとのコラボで走った30000系が思いっきり「脱力電車」で、「出勤の時にあれがくると、仕事をやる気がなくなる」とまで言わせた「ぐでたま電車」。

f:id:MIKIMOTO7:20190630173928j:plain

殺伐とした朝の満員電車、こんな電車がもっと走るようになったら平和になるんじゃないか? と思ったものです。

f:id:MIKIMOTO7:20190630173846j:plain


そのキャンペーンが12月で終わって、すっかり見なくなりました。元に戻したのでしょうか。
そしたら、今年の3月末くらいから、POPなペンギンのキャラが社内の中吊りや駅のポスターで見かけるようになりました。

f:id:MIKIMOTO7:20190630173844j:plain
これがなかなか癒し系のキャラで、「新しいキャンペーンかな?」と思っていたら、「西武鉄道×コウペンちゃん、いつもいっしょなはなまるトレインキャンペーン」という長期のキャンペーンのキャラでした。


毎日見てますが実は名前を知りませんでした。そしたら「ねとらば=

nlab.itmedia.co.jp

 の記事に出てて正体(?)がわかりました。

 

キャラはイラストレーターの「るるてあ」さんが描いた「コウペンちゃん」といい、セリフが「出勤してえらい!」「いつもがんばってるのみてるよー!」「リュックを前に抱えてえら〜い!」などソフトで押し付けがましくなく優しさのあるもので、見ていてすごく和みます。

f:id:MIKIMOTO7:20190630173902j:plain

ポイントは「〜でえら〜い!」とほめたりしてるとこでしょうか。
この辺りの、ゆるくて優しさや温かみがいいところではないでしょうか。

f:id:MIKIMOTO7:20190630173937j:plain

これで通勤時の殺伐とした空気が少しは和んでたらいいなと思います。


すでにラッピング車や記念乗車券が出たようですが、西武の記念切符って売ってる駅が限られてる上、数が少ないのかすぐSOLD OUTするんです。

キャンペーンは2020年3月までなので、これからも企画があるようです。
グッズとかも出そうな気がします。

 

今回も読んでいただきありがとうございます。

木更津・自衛隊専用線跡

こんばんは。今月の遠足に銚子電鉄を考えていたところ、タイムリーなことに先日の「ブラタモリ」で訪問してました。なかなか興味深いとこを周っていたのでますます行きたくなりましたが、今週末も天気が怪しいです。やっぱ遠いです。


今回は記事化してなかった木更津の「自衛隊専用線跡」。実は木更津に行ったのはこの廃線跡をたどりにではなく、横須賀のR16消失点を見れたので、千葉側の消失点である富津に行こうとしたんです。

f:id:MIKIMOTO7:20190620213917j:plain

内房線は「特急さざなみ」が不便になったので、思いがけなく時間がかかりました。

しかし、木更津からバスなのですが、到着した時間では岬まで行くと戻りのバスがなくて帰ってこれなくなるではありませんか。仕方なく出直すことに。

そこで赤線跡の他に何かないかとグーグルさんで見つけ、レールが残ってる上物件なので見にいくことにしました。
そんなに距離はなさそうだと、気軽な気持ちでたどってみたら…これがまた…。


起点は木更津。内房線の端に草むした使われてないレールが伸びています。

f:id:MIKIMOTO7:20190620213926j:plain

木更津駅構内から出る踏切のところで一度線路が切れてますが。

陸橋から見ると、かなり遠くまで見渡せました。休止線のようにずっとレールは続いてました。

f:id:MIKIMOTO7:20190620213842j:plain

内房線に沿って、使われてないレールが伸びてます。

線路に沿った道はないので、並行する道を歩いて踏切があれば見に行くことにしました。

畑の中を一直線に伸びてきたレールは、ここで陸上自衛隊の駐屯地へ通じてた路線と航空自衛隊の駐屯地に続いてた路線に分かれてたようです。小さな2線の橋梁跡があります。

f:id:MIKIMOTO7:20190620213929j:plain

f:id:MIKIMOTO7:20190620213808j:plain

田んぼや畑の中を一直線にきたレールは、踏切のところで2線に分かれます。それぞれの橋梁跡が。

f:id:MIKIMOTO7:20190620213840j:plain

陸上自衛隊の駐屯地へ向かってた線路は跡形もなく。土地は国有地になってます。

f:id:MIKIMOTO7:20190620213905j:plain

一方、航空自衛隊の駐屯地へ向かう路線はレールが

f:id:MIKIMOTO7:20190620213805j:plain

駐車場となってるところもありました。

f:id:MIKIMOTO7:20190620213854j:plain

駐屯地の外周を通ってる道路の前でレールは終わってました。この先は痕跡がなくなってました。

レールは道路の手前、厳重な柵がついてるところで終わっていました。
延長線にある航空自衛隊の駐屯地の敷地には痕跡はなさそうでした。

場所の性格上、写真は控えました。
しかし、結構歩いたなあと。それはそうで、ほとんど手前の巌根駅の近くまできてたのでした。

f:id:MIKIMOTO7:20190620213845j:plain

少し歩くと巌根駅が。遠かったはずです。


木更津まで1駅戻り、タイミングよくあった休日のみの「新宿さざなみ号」で帰りました。
車両もですが、ルートが面白かったので、どう通るのか見たかったですが疲れて爆睡。

気づいたら中央快速線を走っててあっという間に新宿に着いてしまいました。

f:id:MIKIMOTO7:20190620213912j:plain



リベンジを誓って後日再訪しました。

 

またこれが…。でしたが、その時の話は別の機会に。

 


先日、都電のことを調べたら「亀戸」に行った時の記事が検索上位に出てましたが、思いっきり誤字が…。
1年以上放置されてたとは恥ずかしいです。どうも昔から紙を突き合わせての校正は得意でしたが、画面で見るのは苦手で。


今回も読んでいただきありがとうございます。

函館が北海道の起点だったころ

こんばんは。仕事が詰まって新作がなかなか書けないでいます。素材はあるのに。
しかも週末は雨ばかりで、その素材集めにも出られず。なんか家にいると休みが終わるのが早いんですよね。


今回は懐かしの旅もの。
古い写真はアルバムからの複写なので写真がボケボケ。

シャープネスを強くかけたり、色味を調節してとりあえず見れる写真いしました。


まだ瀬戸大橋や青函トンネルが開通する前。
初めての北海道も四国も船で渡りました。

連絡船というものに乗ったことがある最後の世代かもしれません。


その時の函館駅

f:id:MIKIMOTO7:20190611185459j:plain

今はどうかわかりませんが、大きくカーブしたホームが特徴でした。


列車は札幌行き急行ニセコ

f:id:MIKIMOTO7:20190611185430j:plain

先に出る室蘭本線回りの特急北斗ではなくニセコを選んだのは、昼行急行なのに客車列車というめずらしさ。

なぜかというと、この列車、本州からの郵便、荷物車を連結してるため。
しかも長万部から小樽までの山岳区間は、DD51重連という異色の列車だからです。


客車は先に入線していて、連絡船で航送されてきた郵便・荷物車を後ろに連結しての発車でした。

f:id:MIKIMOTO7:20190611185446j:plain

北海道用の14系座席車です。

 

写真の右手に連絡船の桟橋があり、乗ってきた船が停泊していました。
駅の背景は函館山です。


連絡船が函館に着いて下船してホームへ向かう時に感じる、本州とは違ったカラッとした高原のような涼しい風を感じた時、「おお〜、北海道にきた〜」って感じになりました。


すでに千歳ー羽田館は圧倒的に早い空の便も
多数ありましたが、まだ非常に高価でした。今のJALとかの割引なしでの往復くらいの値段でした。

 

ちなみに北海道新海戦の「新函館北斗」は、この当時は人も住まない山の中でした。


下りの優等列車は、その本線の方を通らないのが多かったです。
おそらく今は貨物列車しか走ってないバイパス「藤城線」を走ってました。

 


今回も読んでいただきありがとうございます。