基本は日帰り・ご近所さんへの旅鉄訪問記

確認より発見が目標の日帰り旅鉄薄口日記

上越国境駅めぐり・2…「土樽」

こんばんは。前回はタイムリーな話だったので寄り道しました。
でも、休止になる前に乗りに行ってよかったです。


そんなわけで本線に戻ります。

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土合から新清水トンネルを出た新潟県最初の駅、「土樽」で下車。
ここ、地図を見ててどんなところだろうと一度降りてみたかったんです。

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周りには家が一軒もない「秘境駅」と呼べる駅。
あるのは変電所と関越自動車道の高架。あと自然たっぷり。

降りたのは私一人。


以前は2面4線だった広い構内そのままに、2面2線の停留所タイプのホームを作ったので古い駅名標などがそのまま残ってます。

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有名な川端康成の「雪国」で「信号場」と出てくる駅だそうです。
駅前に説明の柱が立っています。

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訪れた時は真夏だったので、蝉の大合唱。山奥にきたな〜という気分になります。
あとは関越を走る車の走行音くらい。


もちろん無人駅で待合室はがらんとしてますが、思ったよりキレイ。
窓や出入り口の上にかつて上越線を走った列車たちの懐かしい写真やサボが。これは一見の価値ありです。

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人気のない山の中ですが、なぜか駅前に車が止まっていました。
変電所と保守基地があるからかなと思いましたが…。

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駅の反対側にある廃墟みたいなのが、30年以上前に閉館になった「YH土樽山荘」らしいです。
そういえばそんなYHあったな〜と。

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閉館して廃墟になったと思いましたが、意外とキレイ。
まずはここを見に行きますかとグーグルさんを見ると、近くに線路を渡れるトコがないでないの。

かなり大回りをして川を渡らないと行けません。
まさに「近くて遠い」感じ。

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まあ、とりあえず反対側へ行こうと駅前を通ってる狭い県道を歩きました。
歩いて見たらこの道、地形に沿って通ってるもんだから線路から離れて山の方へ。

これはなかなか手強いぞ、計画段階では土樽PAを見て関越トンネルの入り口近くまで行けるかなと思いましたが、地図での見た目よりも遠いぞと。

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とはいえ、舗装道路だから登山道みたいにキツくありません。
なのでお手軽ハイキング気分。涼しいし川は透き通っててキレイ。

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上越線の上り線をくぐると、レンガ積みの橋脚とガーダーがなかなか渋い味を出してます。

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県道から分かれて、橋というより土管をコンクリートで固めたような簡素な道で川を渡りました。

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向かいの建物へ向けての登り坂の途中、上下線の線路を見下ろすところに石碑が。
文字を見ると清水トンネルの工事で殉職した人の慰霊碑が。

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ここに立ってるなんて知る人ぞ知るではないでしょうか。
ちょうど見下ろすような位置。密かに列車の安全を見守っているかのよう。


手を合わせて先に進むと、やっと山荘の建物が見えて来ました。
廃墟というより空き家という感じに見えます。

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そばまで行ってみると壊れてる部分もありますが、建物自体は空き家というよりまだ使われてるかきちんと管理されてる雰囲気。
中を覗きたいところですが、不法侵入になりそうなので近づいて写真だけ。

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YHとしては契約を解除しても、施設自体はなんらかの形で使われているのでしょう。
まあ、それはそれでいいでしょう。


くるときに川を渡った道は河原に降りれるので、ペットボトルの飲み物を冷やすついでに岩に座って水に足をつけ一服。
冷たくて気持ちいい〜。


歩いて火照ってたので熱が取れて気持ち疲れて抜けて楽になった感じ。
このまままったりしたいところですが、電車を逃すと何時間もないので頃合いを見て駅に戻りました。

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降りた時は一人でしたが、どこからきたのか上り列車を待ってる人が何人も。
みんな登山の格好をしていたので、山から降りてきたのでしょう。


土樽も登山の駅なのでした。
駅前に止まってた車も登山の人なのでしょう。


なんか戻るのがもったいないくらいいいところでした。
「何もないから何かある」というか、非日常の世界っていうところがよかったのかも。

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再訪したいけど簡単にこれないっていうのも、また魅力。


再び上り電車で今度は湯檜曾へ。
湯檜曾のループ線はこれから走る線路が下に見えて、なかなかエキサイティングでした。

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いよいよ後半。今回も読んでいただきありがとうございます。

40年越しの想い、上野動物園モノレール

こんばんは。本当なら上越駅めぐりの2を書くところ。
ところが上野動物園のモノレールが、10月いっぱいで廃止もありの無期限休止になってしまいました。

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これはいかないと後悔するぞということで、休止直前の10月最後の日曜日に一人動物園してきました。
本当は平日に行きたかったけど、開演時間中に行けないから。

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スマホの天気アプリは雨の予報で突っ張ってたけど、出かけてみればドピーカン。
いろんな人が書いてますが、東園と西園、0.3kmをつなぐモノレール。

一見アトラクションに見えますが、正式には「都営上野懸垂線」という立派な鉄道路線なのです。
この辺は「おとぎ電車」の頃の西武山口線と同じです(こちらは軽便鉄道線)。


しかもGreatなのは、東京モノレールより先に走り出した日本最古のモノレールという由緒正しい重みのある路線なんです。
走っていた40型は4代目とか。

そのため施設の老朽化と、車両が作れない(製造2年、値段30億だって!)ため無期限休止の運びに。
懸垂式なら湘南モノレールや千葉モノレールがあるじゃんと思ったら、それらとは違う特殊構造とか。


ディテールは簡単にこれくらいしか知りませんが、これには思い入れがあるのでした。


当然ながら子供の頃から走っていましたが、並行している歩道を歩けば10分かからないで行ける距離。
親と上野動物園にきても、休日はそれなりに混んでいることもあって、「近くなのにもったいない」と乗せてもらえませんでした。遠い昔...しかし時が経ち、


「無期限休止」の知らせ。廃止もありうるというので「乗れるうちに乗っておこう」と。
日曜なので家族連れやカップルがたくさん。そのなかを男一人パンダも見ずにモノレール東園に。

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ま、途中ちょこちょことは見ましたが、さすがにどこもアップロードしてました。
駅に行くと、「待ち時間30分」の表示。

ミッションはモノレールに乗ることなので、待ちましたさ。
ICカードは使えないのでチケットを買って何台も待ちましたが、写真を撮ったりしてたので長く感じませんでした。

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見てるとこのモノレール、実は加速が驚くほど鋭かったです。
列の人数の割に待ち時間が長いなと思ったら、「乗れるだけ乗せる」ことはせず「定員乗車」だったのでした。

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ついに順番がきて乗り込み発車。初乗りの新鮮さ。木立の中を抜け、不忍池が見えたらもう終点。
40年の想いは1分半で終わってしまいました。

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でもいいんです。モノレールに乗れたのですから。
本当は往復しようと思っていたのですが、西園駅の方が心なしか混んでるような。

東園が混んでたから西園から乗ろうと思ってる人が多かったのでしょうか?
駅を出て。フォトポイントはないかなと歩いていたら、プロ用カメラを持った同好の士が何人も。


一応記念の写真やビデオを撮ってミッションは終わりにしました。

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テラスやフードコートがいっぱいだったので、池の端口から外に出て一番近い駅の「根津」に向かいました。


途中にレールと電車が置いてある公園が。
そういえば昔のモノレールの写真には、歩道がなくて道路には都電が走ってたなあ。

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旧池の端七軒町電停とありました。

根津の駅近くに「塩ラーメン」の美味しい店がありました。

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店内はカメラやPC禁止なので外観だけ。

 

 

上越国境駅めぐり・1「土合駅」

こんばんは。多忙で旅物がかけないでいる間に素材がたまってしまいました。
なので季節ズレや前後しますが、記録していこうと思います。

(もともと、このブログは「旅の記録」用に作ったんですが、なかなかねえ…)


夏休みがわりに出かけた、長年の懸案だった上越国境の駅巡り。
その1は、今や有名観光地と化している「土合駅」。

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ちなみに清水トンネルを挟んだ区間は、定期普通列車は5往復しかありません。
連休などでは臨時列車が出ますが、この時は時期外れ。

久々にパズルのようなプランニングで、新幹線で越後湯沢へ向かってのスタート。

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上越新幹線も久々。

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新潟側にあるループ線は大半がトンネルなのか、よくわかりませんでした。


土合駅には地上駅の上り線に到着。
モグラ駅」であまり話題にはなりませんが、高原ムードの気持ちのいいホームです。

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電車を見送って通路を歩いて行くと有名な山小屋風の駅舎の中へ。
無人駅ですが駅員常駐時代の雰囲気が残る、立派な改札口や待合室のある駅です。

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今では「トンネル階段のモグラ駅」で有名ですが、基本的に谷川岳登山の最寄駅。
登山者への注意喚起の看板や登山届けを入れる箱が。

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駅ノートも何冊もありました。

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谷川岳は遭難者数がギネス級ですから。


駅には車が何台も停まってましたが、駅前は砂利というよりゴロゴロの石だらけでまるで河原です。

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前にはR291が通っていて、水上寄りにドライブインがあるほかは人家のない「秘境駅」です。

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すぐ側には澄んだ水の流れる川があったり自然たっぷり。
駅の周りを散歩の後はいよいよ地下の下りホームへ。

ちなみに下りのトンネル内ホームが1番線のようです。

案内に従って通路を歩くと、国道と川を渡ってトンネルに入るといよいよホームまでの階段が始まります。

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薄暗い広いトンネルの直線の下りが地底深くまで続いています。階段の始まりのところからではホームのあるところが見えないので、まるで「地下秘密施設への通路」って感じです。階段横の側溝のようなところには湧水が流れています。

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一人だったら怖いくらいですが、夏休みの最中だったため見物に来てる人もいて登ってっくる人もちらほら。
この階段、キツイキツイといわれてますが、実際は5段ごとに踊り場がありベンチも置いてあったり。

急角度でないぶん通路が長く、それがかえって独特の雰囲気を出してる感じがします。

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下から見上げると、こんな感じ。

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階段を下りてホームの部分に出ると意外に広いです。複線分の幅があったので、通過線があったのかもしれません。

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現在使われてるホームと別に、壁にホームがあるので。地下にも小ぶりながら待合室が。

トンネルの中に駅があるという感じ。広告もなく、コンクリートの無機質な世界です。

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無人駅なので列車の時刻になっても当然放送がありませんし、警報音もありません。
ただ「ゴー」という走行音が近づいてくることを教えてくれます。


到着した4両編成の越後湯沢行きは立ってる人もいるほどの混雑。
降りる人も乗り込む人も割といました。

さすが夏休み。
いつもそうなら無人化もされないし、5往復まで減便にならなかったでしょう。

 

読んでいただきありがとうございます。
私も次の目的地に向かいました。

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歴史に埋もれた名列車…急行・利尻

こんばんは。多忙より更新が思うように進まないので今回もショートショートを。

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今では信じられませんが、札幌より稚内、網走、釧路、函館へ向かう夜行列車があったんですよ。
その中の稚内往復の「急行・利尻」。

写真は最後の姿、キハ400に寝台車スハネフ14を併結した、気動車+寝台客車という北海道だけにあった編成。
下りは札幌2200ー稚内600で利尻礼文フェリーに接続してました。

そのため、客車時代、北海道旅行ブームの時はB寝台、指定席、自由席それぞれに増結車が連結され、8両という本線クラスの編成の時がありました。それでも満員でカーペットカーがついたことも。

荷物車連結時代は、札幌の次の苗穂で郵便荷物車を連結して、真っ暗な宗谷本線をのんびりペースで最北を目指したのでした。
その終点の稚内に着く前、抜海の丘を越える時、晴れていれば早朝の利尻富士が車窓に見えたのでした。


今も残っていれば、札幌に22時までに着くように羽田を出れば、翌日の稚内港700のフェリーで午前中には利尻、礼文に上陸できるんだけどなと思います。


道東や道北の夜は寒く、札幌を出るときに入れてあった冷房が寒くて停車駅でホームに出たんですよ。
そしたら外の方がもっと寒かったという思い出があります。


今回も短編でしたが、読んでいただきありがとうございます。

歴史に埋もれた車両…ED79

こんばんは。更新が空いてしまったのでショートショートを。

 

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「海底駅探索イベント、ドラえもん列車」のヘッドマーク

青函トンネル通過列車牽引用としてED75を改造して誕生。青森ー五稜郭・函館間を担当。
北斗星」や快速「海峡」はまなす」「カシオペア」「貨物列車」など青函トンネルを通過する全ての機関車牽引列車の先頭に立つ。

DCを使った臨時列車は青函トンネルを挟む区間は、エンジンを切ってED79が牽引したとか。

北海道新幹線開通により、全機運用離脱、廃車・解体となり現存車は1両もなし。

最後に牽引した旅客列車は「急行はまなす」ではないかと。

 

新幹線が開通する前は「18切符」で北海道に渡れました。

 


今回も読んでいただきありがとうございます。