基本は日帰り・ご近所さんへの旅鉄訪問記

確認より発見が目標の旅鉄と気まぐれ街歩き薄口日記の2本立てですよ〜

都内に残る廃線跡「旧北王子線跡」

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こんにちは。自宅勤務が多かったので時間があるはずなのに、なぜか時間がない荒れた生活になってしまって、なかなか更新が思うようにいかないです。

Cブログはただ思ったことを書けばいいんで、ほとんど時間がかからないのですが。
ここは「実在」するものが題材だけに、どうしても調べたりとかがあるので時間がかかってしまいます。


今回も有名どころ。王子製紙工場への引き込み線跡。
通称、「北王子線跡」を歩いた時のことです。


ここは、廃止されたのが2014年と比較的新しいので遺構がよく残ってるというので、実は2018年に歩いているのでした。
その時は、夏だったために線路跡が草むしてて線路が残ってそうなのですが、どんな状態かわかりませんでした。

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まだ柵で囲ってあるので敷地だということはわかりますが、これが何もないとこだと判別が難しいです。

また、王子製紙工場の跡地が高層マンション化されて、分譲が始まったばかりでした。
敷地は整地されて建ったようで、鉄道があった面影がまったくなくなってましたが興味深いものがあったのです。

しかし、その上に引っ越しや工事のトラックが止まっていて、はっきりわかりませんでした。
でも、今年の2月に別件で赤羽にきたので、寄り道してみました。

その時は冬なので草もほとんど生えておらず、2年経ってもほとんど同じ状態でした。
やはり、廃線歩きと水辺ものは冬か春先の草が生い茂る前の方がいいです。虫とかに囲まれることもないし。


この時は終点から王子へ逆に歩きました。
でも、本稿では時間軸が逆になりますが、2018年と同じように王子駅からたどってみます。

写真は新しいのを使って、補助的に2018年のを混ぜてます。

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王子駅北口からたどりました。


路線の起点は田端とありましたが、東北本線の貨物線に沿って王子まできてると思います。
王子から見ると新幹線の高架下を通る非電化の線路です。

構内のはずれまでは保守基地への線路として使われ、その先は錆びたレールが続いてます。

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跨線橋の上から。

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やがて右に別れ住宅街の中を通って行きます。
柵がしてあって線路内はいれませんが、しっかり残っており踏切も警報器と機材箱がそのまま残ってるAクラスの廃線跡でした。

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ほぼ全線、線路に沿って道路があるのでたどりやすいです。

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歩いて行くと、まるで路線が分岐するような意味ありげな形の「王子四丁目公園」が。
道路は一直線に伸びてます。

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調べてみると、その道路はやはり廃線跡でした。
ここから、今はUR豊島五丁目団地付近まで伸びてた「旧須賀線跡」でした。


この「旧須賀線」の終点だと思われる団地へ寄ってみたことがあります。
完全に「UR団地の街」になってて「そう思えスポット」と化してました。


北王子線跡」はその公園を出たところにある踏切跡でレールはきれ、歩道や工事用ちのような感じになってマンション「ガーデン東京王子」の外周道路にぶつかって終わってます。

2年前はレールが途切れ途切れながら、ここまであったような...。

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このマンション内は先に書いたように、面影はまったくないです。
しかし、正門というか広場に通じてる通路にレールのモニュメントがあるのです。

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これが「興味深い物件」です。しかし説明などは一切ないため、知らない人はなんで線路みたいなのが埋め込んであるんだと不思議に思うでしょう。
外周の道路に対して直角なので、こういう線路があったわけでなく「鉄道があった」ということを伝えるために作ったのでしょうか。


しかし、「遺構探しの手がかり」として意外に役立つ住居表示が2年前にはあって、それには鉄道線が修正されずに残ってました。

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曲がってしまいました。この看板は取り替えるのに費用がかかるためか、設置以降はテープなどで修正しながら使ってる場合が多いです。

 

また、奥にあるスーパー「サミット」の前には、「産業考古学探索路」と題したものがありました。
これもなかなか参考になりました。

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北王子線跡」は短い路線で道路が並行してるので、興味のある方にはいい寄り道スポットだと思います。
終点側のJR最寄り駅は「東十条」ですが、再開発されたところが多い北区の中で「昭和テイスト」が残る場所が多いです。

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都内では珍しい「形の残っている廃線跡」でした。


今回も読んでいただきありがとうございます。