基本は日帰り・ご近所さんへの旅鉄訪問記

確認より発見が目標の旅鉄と気まぐれ街歩き薄口日記の2本立てですよ〜

昼も夜も昭和を走り続けた583系

こんにちは。今回も短編です。
「昭和の日」にちなんで何か書けないかと考えました。


昭和を代表する列車といえばいろいろ出てきますが、どうしても新幹線や九州特急に偏りがち。
なので、ここはあえて「世界初の寝台・座席両用電車。583系」を選んでみました。

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すいません。今回もScanなので画像が悪いです。


特に、長い間本来の目的の働きをしてた東北方面は、乗る機会が何度かあったので思い入れがあります。
この電車ほど日本的で、戦後の高度経済成長を表した電車はないと思います。


なんせ「24時間戦ってた電車」だから。
バブルの頃に「24時間戦えますか」が流行語になりましたが、その前から昼夜休みなく走り続けていたのですから。


その前に寝台と座席を変換する仕組みが、これまたややこしくてすごいです。
鉄道ジャーナル」に載ってたのでググればあると思います。


新幹線が九州まで開通した後は、東北特急として走り続けました。
この運用がすごいです。青森から「はつかり」「みちのく」で上野まで走った後、座席を寝台に変換して「ゆうづる」「はくつる」で夜行列車として戻っていくという。

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当時15時の1Mが最速列車だったのに、今は20時の新青森行きがありますから。

 

そしてまた座席に変換して「はつかり」で上野へ。
間合いに仙台まで「ひばり」もこなしていた時期がありました。


ほとんどメンテナンスをするため休車する時と停泊以外は、上野と青森を往復し続けるという、「おまえに休みなどない」でした。
人間なら絶対過労死してます。しかし、1日千数百kmをこなせるだけ頑丈な電車でもあったわけですね。


実は時代がこういう車両が必要としていたのでした。

戦後、増え続ける旅客に対して増備できる車両の数も限りがありましたが、それ以上に置いておく場所=車両基地が足りないのでした。昼行用、夜行用と増備するとなると単純に2編成増備することになります。

しかも、どちらかが働いてる時はどちらかが車両基地にいる状態です。それは非効率だ、昼も夜も使える車両があれば、車両基地も少なくて済む。そういう事情があったらしいです。


乗車した記憶ですが、構造上座席の状態にした場合、A新台を座席にしたような四人ボックス席。
しかし元が寝台なのでゆとりがありますが、この座席を始め、特急としては中途半端な車内構造が時代遅れになったのでした。

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B寝台。邪魔にならなければ黙認で中に入れたおおらかな時代でした。

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グリーン車はリクライニングシート。高い天井が特徴。


乗り心地自体は重い分、485系より細かい振動が少なくてよかったと思います。しかし、寝台を上部に格納してる分、重心が高く独特の揺れかたのような記憶があります。


夜間の新台特急は当時標準の70cm幅の3段式。ただブルートレインと違うのはA寝台のように、進行方向に並列に並んでる構造。そして、昼間は座席になる下段は1m越えの幅と、大きな窓。

天井が低い以外はほとんどA寝台なので料金が1000円高かったです。それでも個室ほど居住性はよくありませんが、かなりお得感がありました。


おそらく寝台電車として必要な防音などの技術は、今のサンライズに引き継がれていることでしょう。
ただ、この当時は定員を減らすわけにはいかないので、これが精一杯だったんじゃないかと。

突筆すべきは「知る人ぞ知る」パンタグラフの下の部分。車体限界いっぱいの大きさの電車のため。この部分だけは寝台を3段にできず、2段寝台だったので「通」はここを指定してたといいます。


主に北海道連絡の列車に充てられていたため、昼行並の所要時間で青森まで走っていました。
例えば「はくつる」の場合、上野を22時過ぎに出て、青森に7時過ぎに着くスピードダイヤでした。

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朝の上野駅はKIDSでいっぱいでした。


しかし、東北新幹線開業で長距離を走る必要がなくなり、仲間はどんどん減っていきました。余った電車は、高価な「交直両用」の機能がメリットとなり、なんと普通列車用の電車に改造されて東北や北陸で走りました。

その際、先頭車が足りないので中間車を改造。車体断面が大きいので「食パン電車」などと呼ばれて走ってましたが、元が使いすぎのため順次廃車になっていきました。


これだけレアな車両なのに、完全な編成が残ってないのはもったいないことだと思います。


今回も読んでいただきありがとうございます。