基本は日帰り・ご近所さんへの旅鉄訪問記

確認より発見が目標の旅鉄と気まぐれ街歩き薄口日記の2本立てですよ〜

新金貨物線を徒歩踏破

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こんばんは。更新の間隔がまた開いてしまいました。
18の北海道旅行シリーズ、まだ中盤にまで行ってないんです。我ながらよく書いたなと。若さと情熱でしょうか?


シリーズを一休みして、通常運転に戻ります。ストックが溜まってしまったし、時期ものもあるので進まないと。


今回は旅客線化の議論がありますが、なかなか進んでない貨物線「新金線」です。
貨物線なので当然乗れません。なので距離も短いので徒歩踏破しました。


一度歩いたのですが、後半が夜になってしまったので再訪。
その時には新小岩の合流までは、道がわからなくて新中川を渡るところから先は行けませんでした。

しかし別の機会に歩いた時に線路に近いところを道があることもわかり、完全踏破することができました。
線路沿いに道がない金町駅近くは、歩いた道が多少違います。なのでいい写真を使ったので混ざっています。


下町の葛飾区や江戸川区は南北の交通路が弱いというか不便で、バスを使うしかありません。
そのため、南北に通ってる「新金線」の存在がクローズアップされたのでした。


今回は前回夜になって様子がわからなかった、金町駅から新小岩を目指しました。

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路線は金町駅の構内から分岐してますが、途中までは線路に沿った道がないのでその部分はショートカット。
南口の商店街の中を歩きました。

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前回真っ暗でわかりませんでしたが、なかなかノスタルジックな味わいの道でした。

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金町駅構内の外れから、大きく南にカーブしてる部分は住宅の裏や間を高架で通っているようです。
線路に沿って歩けるのが直線になって最初の踏切からです。


この先、新中川の橋梁までは一部を除いて線路に沿って道があるので追うことができました。
周りは主に住宅街ですが、暗渠が多いので水田か畑地だったと思われます。

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暗渠の跡が所々にあります。


最初のポイントはR6と平面交差するとこです。
ここの踏切が旅客線化するにあたっての大きな問題とされてるようです。

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立体交差にするには費用がかかりすぎるし、世田谷線のようなLRT化も議論されてます。
が、少ないながらも貨物列車が通るので技術上の問題が。


この先はずっと住宅街を通ります。
暗渠というか水路を埋めたところでも橋梁が残ってます。

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景色のハイライトは中川と新中川が別れるとこでしょう。

 

驚いたのは新小岩側に複線の用地や橋台があったことです。
輸送力増大が見込まれていたのでしょう。

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開いてる敷地の一部は、他の場所にもあるJR東の有料駐車場になってます。

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各地の空いた敷地を見られるものです。


新中川の橋梁のすぐそばまで、堤防の上を歩いて見に行くことができます。
当然橋梁は渡れないので、近くの橋を迂回しました。

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新小岩側も線路に沿った道がないので、近くを歩きました。
環七をオーバーパス。

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カーブして広大な新小岩操車場の構内へ合流します。
合流するとこが見えるとこまで行けますが、そこから新小岩駅への道がないので、結構な距離を迂回することになりました。

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「もったいない貨物線」は同じ総武線の「亀戸」から湾岸の方に向かってる「越中島支線」も。
今は平日のみのレールセンターからのレール輸送列車しかありませんが、こちらは途中に広大な貨物駅の跡があります。

全盛期は東京港の物資輸送が大きかったことでしょう。


「歩鉄」での新金貨物線踏破でした。


今回も読んでいただきありがとうございます。