基本は日帰り・ご近所さんへの旅鉄訪問記

確認より発見が目標の日帰り旅鉄薄口日記

「新幹線」という函南町の町は鉄路のロマンの起点だった

高島町を書くつもりでしたが、新鮮なネタの方がいいかなと。

「新幹線」という地域があると知って、早速グーグルマップで調べて見ると意外や意外。
静岡県函南町というではありませんか。

さらによく詳細を調べて見ると、函南駅から歩いて約15分くらいの集落とか。
そこは特にゆかりの地ではなく、何もありません。不思議だ。


ちょうど連休でどこも行くとこがないし、誰も行かないところへ行けば空いてるだろうと思っていたので、目的地にちょうどいいではありませんか。


これは行くしかない!


さっそく計画をして出かけてみました。
やはり「新幹線」に行くのだから「新幹線」で行くのが礼儀でしょうというわけで、東京からこだまで熱海へ。

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こだま号で熱海へ。

そこから丹那トンネルをくぐって1駅。函南に降り立ちました。
まず、最初に行ったとこは、函南側工区で殉職した人の慰霊碑。

線路に沿って仮設の道を歩いて行くと「本当にここから入るの」って入り口が。

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駅の構内に入るかのよう。


その奥の山林の中にひっそりと立っていました。

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函南側慰霊碑。ひっそりとあるので見逃してしまいそう。

熱海側の立派な慰霊公園になってるのと対照的です。


ここ、函南は駅が山の上の方にあるのですが、パークライド方式が完成されているようで。駅前に駐車場や駐輪場が完備してありました。
おそらく道路事情がよくないことも影響されているのかもしれません。


県道に沿って歩いて行くと、川を渡るあたりに丹那トンネルの資材運搬用の軽便鉄道跡があるとありましたが、すでに取り壊されているのか、雑木林の中なのかわかりませんでした。


廃線巡りはやまが芽吹く前の春先が雑草もなくて探しやすいんですよね。

尾根筋を通ってる東海道線や新幹線がはるか高いところに見えます。

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道なりに15分くらい歩くと比較的住宅の固まったエリアがありました。
バス停を見ると「幹線上」。

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どうもこのあたりが「新幹線区」のようです。
住宅地に入ってみると、確かに「新幹線公民館」とそばの公衆電話にその名前を見ることができます。

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あまりにも有名。この地区を代表する公民館。

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電話ボックスにも


とはいえ、正式な住所は「新幹線」ではなく、函南町上沢地区」と言います。
「新幹線区」は通称なのでした。

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住居図

確かに何もない住宅地。東海道線や新幹線と大して近くないこのエリアがなぜ新幹線区というか。
それは歴史的なものからでした。

元の元は戦前の「弾丸列車計画」だったようです。
東京から下関と通り、対馬海峡をトンネルでブチ拔き、南満州鉄道に繋いで北京を目指し、欧州までを鉄路で結ぶ夢のような計画。

そのための新丹那トンネル掘削のために、トンネル職員や技術者の住宅があったとのこと。
戦後、正式な行政区として新幹線と名付けられたそうです。

 

現在は函南町上沢で「新幹線」は通称。
県道沿いにローソンがありますが、その店名も「上沢店」でした。


有名どころは新幹線公民館ですが、他にゆかりのものがないか町内をぐるりと回ってみましたが、比較的新しい家が多くこれといったものはありませんでした。


なので、せっかくきたから町全体の見えるような場所を探して山を登って行きました。
尾根筋からは集落が一望です。

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と、その尾根筋の家の壁に「韮山往還」の文字が。もしかして何かあるのかなとその前の道をたどってみると、林道になりました。

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住宅がなくなると林道に。

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ひっそりと建つ馬頭観音。気をつけてないと見逃しそう。


その道は地図に載ってなかったので、どこに出るのかわからなかったので少し入って引き返しましたが、見落としてしまいそうな「馬頭観音」と「小さな祠」が。町の史跡のようで説明板が建ってました。

どうもこの尾根筋の道、古の街道である可能性が。


奥が深いぞ、新幹線!


ここのことは資料にはありませんでした。「小さな発見」です。
これだけ見つけたことだけでもここまで登ってきた甲斐がありました。


満足して県道まで降りてローソンで軽食を買って「幹線下」バス停でバスの時間まで休憩。

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何もないんじゃなくて、何かあるものなのだなあと。


こんなところにも西武グループ伊豆箱根バスが。ちなみにPasmoは使えませんでした。
大場駅まで行ったら、伊豆箱根鉄道ラブライブ電車で三島へ出ました。

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ちなみに多大な犠牲を払って完成した丹那トンネルの開通により、それまで御殿場回りだった東海道本線が箱根の下をトンネルで抜けることにより大幅な輸送力向上とスピードアップを行うことができたのは周知のとおりです。

そして丹那トンンネルの技術と教訓はのちの青函トンネルや新・大清水トンネルに生かされたことは有名です。

特に青函トンネルの難工事は海底トンネル掘削技術の大幅な向上につながり、「日本のトンネル技術は世界一」と呼ばれるほどになりました。


そのトンネル技術はドーバー海峡トンネルにも生かされているらしいではありませんか。

 

橋と違ってトンネルは目に見えないものですから、どんなにすごいかわかりづらいです。

 

なので、ここで私が乗車した青函トンネルの異次元空間体験を。

夏の間、まだ日が長めのとき、一番時間の遅い「北斗星」に乗って青函トンネルを通過すると、青森側入り口を入るときはまだ真っ暗な夜中です。通過時間は50分以上。トンネルを出て北海道に上陸した時にはあたりが明るくなってるという体験ができたのです。


こんな体験、日本でできるとこはここだけだった思います。
しかも、お金に代えられない旅情が列車に載ってるだけでタダで味わえるのですから最高の贅沢です。


話が逸れてしまいましたが、新幹線の元となったほとんど「野望」の「弾丸列車構想」は、太平洋戦争によって中断・中止になってしまいました。
しかし、施設は死んでなかったのです。


その時点でできあがっていた路盤やトンネルを引き継いで、東京オリンピックに間に合うように突貫工事で完成させたのが「東海道新幹線」なのは有名な話です。


函南町の麓にあるただの集落に、実は大きなロマンが詰まっていたのでした。

 

帰路は御殿場線を回って、新旧の箱根越えを体験してみました。

 

そしてこの函南町新幹線区には後日談があったのです。